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来年もよろしくお願いいたします。 

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6月27日 5月22日から、短かった花菖蒲の開園期間も、今日で終わりとなります。今回は今年の名場面の写真から、ご紹介いたします。

当園が昭和30年に開園して、今年で55年目。今年も無事開園を迎えることができ、そして今年は例年になく花菖蒲の出来が良かったです。

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今年から、加茂荘の長屋門前の花菖蒲田が、これまでの鉢物圃場から露地植えに改変されたことで、花菖蒲の草丈も伸び、露地植えの圃場全体も、近年にないほどの出来で、開花最盛期の頃はご来園されるお客様からも、お褒めの言葉をいだだきました。

花菖蒲は連続して同じ場所で栽培されることを嫌う「連作障害」という性質を持つ植物で、それがこの植物の栽培をたいへん難しいものにしています。

この長屋門前の圃場も、20年ほど前、どうにも出来が悪くなってしまい、やむなく鉢物圃場にしたのですが、20年植えつけなかったことで、土がもとの状態に還ったようで、それで今年は良くできました。

やはり土の入れ替えは、この植物の栽培には必須であることを思い知らされました。

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今年の開花のピークは、今思いますと、6月の7日、8日、9日の3日間でした。

ですが、6月7日が晴れてしまい花がやや痛んでしまったため、8日は曇りでしたが今ひとつ。そして9日は8日に曇ったことでこの日が最高。翌10日はまた晴れで、ここから下り坂になりました。

最高と言える日は、実にこんな感じで、たった一日か二日です。

そのほか、走りの頃の6月1日も良かったですし、6月6日も満開直前ですが状態は最高でした。

ほんとうに良かった日となると、こんなふうに数えるほどですが、それでも今年は花の良いときに酷い雨がなかっただけ良かったです。

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花菖蒲という、今の時代の流れからはすでに過去のものになった植物ですが、それでもやっぱり良くでききた花菖蒲の満開は、文句なく美しいです。

そしてこの不況の時代、娯楽などいくらでも刺激的なものがあるこの時代に、閉園となった花菖蒲園の話も聞きません。全国のどの園も運営に苦心しながらこの花の園を何とか存続させています。

それは、この花に携わる者が、そしてこの花を愛する人々が、花菖蒲を日本の伝統として絶やしてはならないもの、守らなければならないものとして、意識的にも無意識にも思っているからだと思います。花菖蒲は、すでに失ってはならないこの国の心のより所の一つになっているのだろうと思います。

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そして、これは一般のお客様にはなかなかご覧いただくことができないかも知れませんが、花菖蒲園のすぐ脇の用水路には、5月末になると無数のホタルも飛び交います。

何の保護活動もされていない場所で、これだけのホタルが飛ぶのも、この花菖蒲園周辺がまだ自然が豊に残されているからに他なりません。

こういう自然を絶やすことなく、大切にしてゆきたいと思います。

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それでもこちらの宣伝が下手なのかも知れませんが、年々花菖蒲園にご来園されるお客様は減ってきています。時代の流れや昨今の不況の影響もあると思います。

そういうこともあって、とにかく今、自分でできること。ということで、このブログを今年は頻繁に更新して、園内の様子を正直にお伝えしてきました。花が終ってきた時も、それを隠さず、「正直に状況をお伝えいただいて助かります。」というコメントもいただきました。

なにより、この花菖蒲園の最盛期のアクセスは、他の花鳥園グループのどの園よりも高いアクセス数を示しました。一生懸命にやることの大切さ、改めて実感したシーズンでもありました。

当ブログ、ホームページをご覧いただいた皆様。そして、遠方よりご来園いただきました皆様。ほんとうに有り難うございました。

また来年も、宜しくお願い申し上げます。


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稚拙な文章にお付き合いいただき、有難うございました(西村) 

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最盛期の頃の花菖蒲

6月27日 今シーズンから時々ブログを更新させていただきました、西村です。私にとって初めての開園期が終わりました。あっという間に過ぎた一カ月で、まだまだ頑張らないと、と痛感した一カ月でした。

4月の下旬だったでしょうか。上司の永田より、開園期のブログの更新を手伝うように、との話がありました。5月に入り、永田とともに、ブログ更新を始めましたが、最初は、日々の仕事にブログの更新が追加されただけ、特別な意識はありませんでした。ブログの更新が目的で、ゴールでした。

6月に入る頃には、永田が私にブログを分担させた、本当の意味がわかってきたような気がします。それは、ブログを通して、園を理解することはもちろんのこと、実際にブログを書くことで、日々刻々と変わる園内の、ちょっとした変化を見落とさない、アンテナを張ることの重要性を教えてくれたのだと思います。
また、花の最盛期の頃は、ブログのアクセス数が1日1000人 を超え、ブログを見たとおっしゃってくださるお客さまも多く見えました。魅力的なブログを書く大切さを改めて強く感じました。

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花菖蒲の枝切りの様子

今回のブログ更新にあたって、バックグラウンドの紹介を密にするよう心がけました。表の華やかさと真逆で、根気の要る作業で、泥臭いものですが、この作業こそが、表の華やかさを支えており、伝えるべき重要なものと思ったからです。

今年は加茂花菖蒲園ができて55年の節目となります。今シーズンを振り返ってみると、花菖蒲の出来こそ良いものの、集客の面では問題の残る結果となりました。不況による社会不安の影響もあるでしょうし、ニーズの変化もあるでしょうが、私たちの集客努力も足りなかったのではと悔やまれます。今回の経験を来年に活かすべく、対策を講じていきたいと考えています。

例年であれば、ブログも閉園と同時に休止いたしますが、今年からは、閉園後もブログの更新を月に数回程度でも続けようと考えています。私たちの仕事は閉園で終わりではありません。来年に向けた準備が閉園後すぐ始まるからです。
直接園内に入ることができなくても、ネット上から、その様子を見ることができる。開かれた場にすることが、加茂花菖蒲園のPRの一つになると確信しています。

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ゲンジボタルの乱舞

当園にはまだまだ、伝えるべきものがたくさんあります。全国でも最大規模を誇り、進化し続ける花菖蒲。新進気鋭のアジサイ「加茂セレクション」。桃山時代から続く加茂家の屋敷と歴史。今なお残る里山原風景とそこを拠り所とする動物たち。これからも少しでも多く紹介できるといいなと思います。

ひとまず、ここで一区切りとさせていただきます。

開園期間中は私の稚拙な文章にお付き合いいただきまして、誠にありがとうございました。ブログの更新頻度は減るものの、引き続きブログをご愛顧頂けると幸いです。今後の更新分からはもう少し文章を推敲できたら…と思います。


文章,写真:西村

菖翁様へ、今年も有り難うございました。 

江戸時代後期に花菖蒲を改良し、現代まで続く花菖蒲の文化を一代で築き上げた人物がいました。名を松平定朝。自らを「菖翁」と号したほどの花好きです。彼は江戸麻布桜田町、今の六本木ヒルズ近辺に2400㎡の居を構えた2000石取りの旗本でした。寛政の改革を行った老中松平定信の片腕として京都町奉行など幕府の要職を務める傍ら、若い頃から80歳を過ぎるまで花菖蒲の改良にはげみ、一代で花菖蒲の文化を築き上げ後世に残しました。彼は花菖蒲の神様、花神であり、今私たちが見ている花菖蒲の多くが、実に彼が改良した花の子孫です。

今年も美しい花を見せてもらいました。花菖蒲の大恩人である彼に感謝の気持ちを込めて、彼が著した花菖蒲の聖典 嘉永6年(1853)の『花菖培養録』から、彼に花菖蒲を語ってもらいました。

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萌芽の形状によりその年の花の出来具合を鑑定し、暮春の頃よりその花目前に見るが如くであり、夏が来て咲く花々の、私でさえ飽の来ない眺めは、長い一日を忘れさせ、涼しげな葉の茂みは風になびいておのづから納涼の興を添え、葉末にむすぶ白露の散る玉ごとに月影を宿し、いつしか秋も暮れゆきて、朝な朝の薄霜に、枯れ葉のさまに名残りを思い、閑窓に炉を開き冬籠もりして、また来る春に萌え出るであろう新芽を待つ楽しさは例えようが無い。

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私が優秀花であると親愛しているのは、絨地縮地(ビロード状チリメン地の弁質)で、花弁が厚く、丸く幅広く重なって、十分に勢いがある大輪で、色も形も良い花である。しかし元来花の宗匠として鑑定する規則も無く、ただ私が自分の好みにはまり込んでその形をひいきする事だから、あの花は良いとか、どの花が悪いとも言えない。今その優劣を論じているが、あえて私の流儀を模範にせよと言うのではない。私が良いと思うものを自分流に鑑定して親愛しているだけである。その思いの篤いために他ならない。

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世間で請け咲きともてはやしている花形は、花弁が丸く重なり垂れず、ほんの少し野生種より進歩しただけの業(芸、変化)の無い単純な平咲きである。業のある花は異形などと嘲っている。人は元より十面十色だから、好き嫌いはそれぞれ異なり、所詮好みが違うだけである。業のある花を好き嫌いするのも、花が咲いても分からないような観葉植物を眺め親愛したり、または病気と知っていながら斑入り葉を好み、異類異形の珍奇植物を好むのも皆好き嫌いの片寄りである。

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実生初咲の中から八重の形状を含んだ花を多く選び栽培したところ、今年になって咲いた花の中から一草だけ、花形が十倍に変化した未曾有の奇品が開花した。六十余年この花形に心酔して来たが、ようやく成就した。ああ、人の力が創造主の力と知らぬ間に合致したのか、ついに奇品が出るに至った。

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かつて一種しかなかった花菖蒲は、今は増殖し狭い園に溢れており、そのすべての花が普通の花形でなく異形だけれども、花好きの癖だから人は人だし、私は私である。この事を人が知ればやかましく言い騒ぎ、知らなければ知らないでまたやかましい。年寄りの片意地で異形の花を集め、珠花奇芳とひそかに思い、顔にしわの寄る年齢を嘆きもせず、花が過ぎればまた来る夏を待ちわびて、花を忘れる束の間もない。

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花に酔うのは風流の一つなのだろう。私にしてもあきもせず、うつけ者のたわごとを一小冊に綴り、図を入れるのに老いぼれのへたくそな画きで模写するのだが、これは普通の花あやめではなく、実に牡丹と間違える程の花形だから、そして花菖蒲本来の姿を失った花形を、私でさえ不思議と思う程だから、読む人があれば嘲笑うだけで信用しないのは当然だろう。疑惑があれば私の荒園の満開を見て証明とされたい。 

同じ花菖蒲でも普通のものとは雲泥の違いがあることは、例えば動物にも麒麟や鳳凰というものがあり、また、水溜りと河や海とを見比べるのと同じであろうとご承知ありたい。




花菖蒲という植物は、江戸時代からの改良の歴史、それに携わった人々やその人たちが育成した花など、現代に繋がる歴史がつぶさに残されている、とても奥の深い植物です。花の上に表れた育種家の想いは、例えその育種家が亡くなっても、その花を愛する人がいる限り、永遠に生き続けます。160年前の菖翁の感動の心は、今年も彼の花の上に表れていました。時を越えて生きた花の上に作者の感動が伝わる、ここが花菖蒲のすごいところです。

この花の歴史を残し、僅かでも発展させ次の世代へ伝えることが、先人への恩返しであり、この花に携わる者の使命と思っています。