花鳥園グループの原点として 

c100623001.jpg
満開の花の下でバイキングが楽しめ、鳥たちもいっぱいの掛川花鳥園

6月24日 花菖蒲のシーズンもそろそろ終わりに近づき、昨日は激しい雨が降り、今日は晴天で園内も花が良くありません。花菖蒲はアジサイとともに梅雨の雨が似合う花ではありますが、本当は、入梅前後の曇り空でこそ美しく咲ける花です。

ということで、ご紹介できるほど園の様子も良くないので、今回は大きく育ってきた花鳥園グループの中での加茂花菖蒲園の存在について、お話します。


もう20年以上も前、その当時すでに花菖蒲園だけではいずれ経営できなくなることを見越していた現社長は、1992年に球根ベゴニアによって年間運営できる富士国際花園(現富士花鳥園)を開園しました。

この富士の大成功と1990年代の末に同園に導入したフクロウによって、花のなかに鳥が加わり、その後2001年に鳥と花の園・松江フォーゲルパークを造りました。
そして2003年に掛川花鳥園が誕生し、「花鳥」という、日本の美を現す言葉のなかにある、共に生きるという思想によって、2005年には、人と生物、健常者と障害者の垣根を限りなく取り除いた神戸花鳥園が生まれました。

そして今年は上海万博初の障害者館「生命陽光館」への協賛。そして現在も新たな園の造成に向けて進んでいます。


現在では加茂花菖蒲園より掛川花鳥園のような花鳥園のほうがはるかに有名になり、花鳥園スタイルの施設の誘致話も引く手数多の状態で、既に当グループの顔は花鳥園となっています。

ですから例え加茂花菖蒲園がなくても、花鳥園グループとして今後も運営を進めてゆくことは十二分に可能です。

e100615002.jpg

ですが、当グループがなぜ生物との共存共生をテーマにしているのか。なぜあれほどまでに頭上の花が満開になっているのか。それはこの国の大昔の、縄文の時代から日本人の心の奥にずっと受け継がれている、自然と共に生きるという思いを、現代の収益性のある施設として開花させたものであるからなのですが、では、そうした施設にしようという考えがどこから生まれてきたかというと、そこに加茂花菖蒲園の存在があるのです。全ての園の建物の造りが和風なことも、加茂荘があってのこと。日本の伝統を大切にとらえたことの表れです。

掛川と遠州森町の境に桃山時代より庄屋を営み、江戸時代中期の1772年に建築された長屋門や庄屋屋敷に今も暮らし、自然のなかで動植物とともに生きて、満開の花菖蒲を毎年眺め、そのなかで自然や、そのなかに内在する神様、そして先人の恩恵によって今を生かされていることに感謝する。

当グループの生物との共生というコンセプトは、こうした加茂荘の歴史ある建物と豊な自然、そして花菖蒲とともに生きてはじめて生まれてきたもので、加茂花菖蒲園はこの意味において当グループのゆるぎない原点なのです。

e1006070011.jpg
6月7日の園の風景

今年は開園期間も短く、お客様も少なめでしたが、花菖蒲は例年よりもはるかに美しく咲きました。原点としての役目は、立派に果たせたと思っています。

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://kamohanashobuen.blog61.fc2.com/tb.php/175-448b92ad