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菖翁様へ、今年も有り難うございました。 

江戸時代後期に花菖蒲を改良し、現代まで続く花菖蒲の文化を一代で築き上げた人物がいました。名を松平定朝。自らを「菖翁」と号したほどの花好きです。彼は江戸麻布桜田町、今の六本木ヒルズ近辺に2400㎡の居を構えた2000石取りの旗本でした。寛政の改革を行った老中松平定信の片腕として京都町奉行など幕府の要職を務める傍ら、若い頃から80歳を過ぎるまで花菖蒲の改良にはげみ、一代で花菖蒲の文化を築き上げ後世に残しました。彼は花菖蒲の神様、花神であり、今私たちが見ている花菖蒲の多くが、実に彼が改良した花の子孫です。

今年も美しい花を見せてもらいました。花菖蒲の大恩人である彼に感謝の気持ちを込めて、彼が著した花菖蒲の聖典 嘉永6年(1853)の『花菖培養録』から、彼に花菖蒲を語ってもらいました。

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萌芽の形状によりその年の花の出来具合を鑑定し、暮春の頃よりその花目前に見るが如くであり、夏が来て咲く花々の、私でさえ飽の来ない眺めは、長い一日を忘れさせ、涼しげな葉の茂みは風になびいておのづから納涼の興を添え、葉末にむすぶ白露の散る玉ごとに月影を宿し、いつしか秋も暮れゆきて、朝な朝の薄霜に、枯れ葉のさまに名残りを思い、閑窓に炉を開き冬籠もりして、また来る春に萌え出るであろう新芽を待つ楽しさは例えようが無い。

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私が優秀花であると親愛しているのは、絨地縮地(ビロード状チリメン地の弁質)で、花弁が厚く、丸く幅広く重なって、十分に勢いがある大輪で、色も形も良い花である。しかし元来花の宗匠として鑑定する規則も無く、ただ私が自分の好みにはまり込んでその形をひいきする事だから、あの花は良いとか、どの花が悪いとも言えない。今その優劣を論じているが、あえて私の流儀を模範にせよと言うのではない。私が良いと思うものを自分流に鑑定して親愛しているだけである。その思いの篤いために他ならない。

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世間で請け咲きともてはやしている花形は、花弁が丸く重なり垂れず、ほんの少し野生種より進歩しただけの業(芸、変化)の無い単純な平咲きである。業のある花は異形などと嘲っている。人は元より十面十色だから、好き嫌いはそれぞれ異なり、所詮好みが違うだけである。業のある花を好き嫌いするのも、花が咲いても分からないような観葉植物を眺め親愛したり、または病気と知っていながら斑入り葉を好み、異類異形の珍奇植物を好むのも皆好き嫌いの片寄りである。

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実生初咲の中から八重の形状を含んだ花を多く選び栽培したところ、今年になって咲いた花の中から一草だけ、花形が十倍に変化した未曾有の奇品が開花した。六十余年この花形に心酔して来たが、ようやく成就した。ああ、人の力が創造主の力と知らぬ間に合致したのか、ついに奇品が出るに至った。

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かつて一種しかなかった花菖蒲は、今は増殖し狭い園に溢れており、そのすべての花が普通の花形でなく異形だけれども、花好きの癖だから人は人だし、私は私である。この事を人が知ればやかましく言い騒ぎ、知らなければ知らないでまたやかましい。年寄りの片意地で異形の花を集め、珠花奇芳とひそかに思い、顔にしわの寄る年齢を嘆きもせず、花が過ぎればまた来る夏を待ちわびて、花を忘れる束の間もない。

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花に酔うのは風流の一つなのだろう。私にしてもあきもせず、うつけ者のたわごとを一小冊に綴り、図を入れるのに老いぼれのへたくそな画きで模写するのだが、これは普通の花あやめではなく、実に牡丹と間違える程の花形だから、そして花菖蒲本来の姿を失った花形を、私でさえ不思議と思う程だから、読む人があれば嘲笑うだけで信用しないのは当然だろう。疑惑があれば私の荒園の満開を見て証明とされたい。 

同じ花菖蒲でも普通のものとは雲泥の違いがあることは、例えば動物にも麒麟や鳳凰というものがあり、また、水溜りと河や海とを見比べるのと同じであろうとご承知ありたい。




花菖蒲という植物は、江戸時代からの改良の歴史、それに携わった人々やその人たちが育成した花など、現代に繋がる歴史がつぶさに残されている、とても奥の深い植物です。花の上に表れた育種家の想いは、例えその育種家が亡くなっても、その花を愛する人がいる限り、永遠に生き続けます。160年前の菖翁の感動の心は、今年も彼の花の上に表れていました。時を越えて生きた花の上に作者の感動が伝わる、ここが花菖蒲のすごいところです。

この花の歴史を残し、僅かでも発展させ次の世代へ伝えることが、先人への恩返しであり、この花に携わる者の使命と思っています。


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