5月28日は旧暦の端午の節句です。 

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今回は、あさって5月28日が、今年の旧暦の端午の節句にあたりますので、今回はそのお話をします。

何で、花菖蒲園が旧暦の端午の節句の話をするんだ?と思われるかもしれませんが、読んでゆきますと、ああ・・なるほど・・・と思える文章を、即興で書いてみたいと思いますので、お付き合いください。


上の写真の植物は、サトイモ科のショウブ(菖蒲)です。花菖蒲はアヤメ科の植物ですので、花菖蒲とは全く別の植物です。右はショウブの花ですが、花菖蒲のように目立つものではありません。

さてこの菖蒲は、中国では古来より、葉の形が鋭い刀に似ていること、邪気を祓うような爽やかな香気を持つことから辟邪の霊験があるとされ、家屋の外壁から張り出した軒(のき)に吊るしたり、枕の下に置いて寝たりしていました。日本でも奈良時代より端午の節句に使われ始め、端午の邪気を払う霊草とされ、鎌倉時代以降の武家社会においても菖蒲=尚武の語呂合わせから端午の節句を盛大に祝い、ショウブの紋様の入った鎧を纏うことで、魔を退け武運長久を願いました。

端午の邪気とは、古来中国の陰陽道では、偶数が吉数、奇数が凶数とされたそうで、奇数月と奇数日が重なる日は、陰が生ずる日として厄日でした。それで、一月七日=人日(じんじつ)、三月三日=上巳(じょうし)、五月五日=端午(たんご)、七月七日=七夕、九月九日=重陽(ちょうよう)というように、この日に節句を行ったのが五節句の始まりだそうです。とくに五月五日は、暑くなり始める最も悪い頃で、それで菖蒲の霊験によって邪気を退けたそうです。

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現在は子供の日になっている5月5日は、明治以前は旧暦でしたので今の5月末~6月頃にあたります。端午の節句は昔は菖蒲の霊験によって邪気を払うあやめの節句でしたから、人々は軒に菖蒲を葺き、菖蒲の根の香気をうつした菖蒲酒(あやめざけ)をいただき、菖蒲湯に入りました。こうした風習は、現在でも新暦の端午の節句に菖蒲湯に入るなどの風習が残されています。

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こちらは当園の売店でお出ししている「よもぎだんご」ですが、別名「あやめだんご」とも呼ばれ、こちらも昔から端午の節句の日に食べられていた、厄除けのだんごでした。

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これは昨年の旧暦の端午の日(6月8日)に、加茂荘の長屋門に菖蒲を葺いたようすです。これはお正月の門松と同じく結界の意味があり、これから先へ邪気が入らないようにする目的がありました。

そして花菖蒲という植物も、この端午の節句の祭の花として、江戸時代中期頃より江戸を中心とした武家や庶民の間で栽培され、徐々に発達しながら今日の姿になった植物なのです。
つまり花菖蒲は、端午の節句のあやめの文化の一つの表現であって、花菖蒲だけで今日のような姿に改良発達した園芸植物ではなく、あくまでも節句の菖蒲が後ろにあって、その上に発達してきた花なのです。
ですから「花菖蒲」、つまり花が咲く菖蒲(ショウブ)という名前が付けられたのです。



当加茂花菖蒲園は、戦後にこの花菖蒲のおかげで園を興し、花菖蒲のおかげで今日まで生きることができ、そして掛川、神戸などの花鳥園に経営を広げてゆくことができました。その花菖蒲の基になった端午の節句のあやめの文化を大切にする意味で、毎年、新暦、旧暦の端午の節句には、加茂荘の長屋門に菖蒲を葺いています。

軒に菖蒲の葉がなびく、それだけのデコレーションですが、深い意味を持っています。


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